2010年02月06日

第70話 5.コンタクト(遭遇)<金も愛なり>

  <金も愛なり>




私のルーツを振り返ってみよう。

父の家は、村上水軍の港と言われる瀬戸内海の岬で十六人兄弟の一人として生まれ、
独学で学歴を得て分限者にムコ養子に入った。
このデータだけでも如何に金絶対、弱肉強食の一族であるかが分かる。
海賊━貧村━大家族━学歴━金持ちの養子。
この単語シリーズで優に金脈小説が生まれる。

母は婚礼の晩、色男と駆け落ちをした祖母の娘として生まれ、
当時の宝塚歌劇にも当たる娘義太夫からタレント的存在の新橋芸者となった。
日本の宰相となった吉田茂や財界の大物、藤山雷太などに口説かれたが、
最終的には身近な地方大尽の父に落ちた。

情熱家━美形━ステージ━タレント━トレードという単語シリーズも
会いと美と権力と財力のしがらみそのものとして、生き方が浮き出して来る。
こうした父母のストーリーを統合していくと、自分の中で生き方としての会話体が見えてくる。
何のことはない。
松田氏と自分の関係とは父と母の関係の縮図であった。
いや、それどころか銀座と自分の関係。
片岡マスターと自分の関係。
南社長と自分、A会、B会の組織と自分、キャバレー界と自分、着物着付け業界と自分。
全ての環境と自分のエネルギー関係がほどけていった。

松田氏のマネーゲームへの反応は母なる自分と父なる自分の葛藤であった。
そしてこの「物あり」「我あり」の会話を区別するところから、父と母という会話、
金と愛という会話も対立から和合へとシフトしていったのである。

人間が会話者であるという原点から見ても、人間が本来求めているのは
「我々」という平等愛への目覚めである。
それを「我が金」と思い込む錯覚から愛の喪失を起こすのだ。

  

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2010年01月30日

第69話 5.コンタクト(遭遇)<親離れ、子離れ>

  <親離れ、子離れ>




「自分は誰であるか。」
その事実は親代々の会話の集積をベースとし、もの心ついて以来の知識情報を
重ねた会話体である。しかも人はそれが自分であることなど思ったこともない。
元々自分の考えとか自分のやり方など存在していない。

ところが常識の会話に生かされている現代人は
「自分」という得体の知れない意識を、「居る」と信じきっている。
だから人間関係は混乱する。

自分とは親たちの会話体そのものであり、それも当人が知らないうちにインプットされている。
特に生み育てた母親の会話が八十%以上を占める。
自分とは誰か?この人生の謎の第一関門はここから開いて行く。


この事実からいえば、人間は基本的に親離れ出来ない。
知識や学歴などデータ的な違いはつくるかに見えるし、
それなりに社会の変化の波に浮き沈みはするが、生き方としてのオリジナルな会話体は、
全く進化しない。ゴキブリの無進化と同じく本質的な違いはない。
従って、概念として親離れということばはあるが、事実としては存在しない。

そして事実としての親離れとは自分が人間として最もこだわり、しがみついている、
“物”への執着を手放すことである。
具体としては“金”を我が物として見ない事から始まる。
その事実を思い知らせてくれたのは自分の人生の旅の最終ラウンドで出会った
松田氏の存在であった。

彼は昭和18年、太平洋戦争のピーク期に南九州の地方都市に次男坊として生まれた。
父は警察官、そして沖縄戦で戦死。
母は近くの駄菓子屋で働きながら、三人の子供を育てた。
極端な貧乏暮らしである。l

母に会いたくてその駄菓子屋に近づくと、来てはダメのサインとして
母は彼に石を投げたと言う。そして彼はつぶやいた。
愛はお金に勝てない。金さえあれば愛は得られると。
このメッセージが彼の手段を選ばぬ、しぶとさを創った。
その瞼の母芝居が、彼のネットワークビジネスとなった。
そして、命がけで財を築いたのである。

松田氏に出会う人々は白昼夢を見る。
そして彼に降参し、人生をかけるのである。
私自身、彼と会う度にこのマジックパワーであるお金の引力を徹底して浴びた。
ある時私は彼から、自分の会社の副社長にならないかと誘われた。
生涯を潤す様な待遇を用意する。その代わり百%オンリーになれというのである。
しかし私はそういう関係になる事は、
あなたのためにならないと言って、好意を断った。

私が求めていたのは、巨万の富の向こうにある真理の探究であった。
命がけでA会を探訪した事もそれが目的だった。
人間とは何かのライフワークに全てをかけたのも、
結局は人間・人生・ゴールの探究である。


しかし、私は彼の金の魔力に会う度にグラついた。これは一体何なのか?
私自身であることばがこれ程までに反応するのは、自分を極めるチャンスではないのか?

もしかしたら、金のエネルギーの向こう側にこそ、
自分の求めている真理の実体があるのではないかと直感した。
それが実は、親達と言うべきか、人類がはまっている
「物あり」「我がゼッタイ」「お金がすべて」
の迷信への突破であった。

  

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2010年01月23日

第68話 5.コンタクト(遭遇)

  人間であること



“ことば”によって

「自分、人、そして社会」を現した

“人間”にとって


互いに約束した生き方を破り

“うそのことば”を使うことは

互いの「信頼」を壊し

「愛」を殺すことです。


「事実」をありのまま話し合う。

ここが「我々」としての生き方です。

ここが「誠実」へのあり方です。

ここをまたぐと、自分であることを裏切り、

ことばによって互いを生かし合う

人間であることを失うのです。

  

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2010年01月16日

第67話 4.プレビュー(顔ぶれ) <同志の条件>

  <同志の条件>



人生とは人間関係の別名である。
どんな人と関わったか、別の言い方をすればどんな組織を創ったかによって
人生のスケールは測る事が出来る。

私を中心とした親密なチームをどう現したか振り返ってみよう。


二十代、銀座のアイディア会社、三十代、A会の懐深く入った時、
四十代、話道教室を興した頃、そして五十代、ヒューマナイズの名のもとに
プログラムを探究した歩み、そして六十代、
いよいよ会話科学へ接近する時、七十代、でんぐり庵エデュケーションとして
社会に拡がって行く時、それぞれの人間関係こそ私の生き方そのものであった。

一体どうすれば人は人と出会い、信頼しあい「我々」というチームをつくる事が
出来るか?これは究極的な人生の謎であった。

父が最後の晩、「人を動かす事が一番難しいな。」
と問いかけて来たのも、ここのところだ。

世間で言う我々関係は親子・夫婦・兄弟・身内・親戚・親友などと言う
ことばがある。しかしこの種の血族・血縁関係がどこまで信頼しあい、
真に「我々」なのであろうか?

親子がお金を巡ってどれだけカケヒキをしているか?
夫婦が本当に信頼にいるのだろうか?
兄弟・身内・親戚なる関係がどれ程協調しあい我々にいるだろうか?
しきたり・しがらみの煩わしさに互いがどれ程不自由さを感じている事か?

親友と思い込んでいる関係がイザとなったら、どれ程モロイものか、
ちゃんと人間同志は知っているのだ。
知っていながら、ことばの綾を使って互いが利用しあっている。
これが血族・血縁・親密の実体である。

プログラムリーダーとして人生をかけた杉本綾子が実母の死を巡る
身内のしがらみを体験した時、スタッフを眺めて
「本当の身内とは会話で出会ったあなた達だよ。」
と言ったことばには実感があった。

ともあれ私自身「ことばがすべて」の真理に出会う迄、
人はすべて正体の知れない恐いものであり、
まともな組織は全く出来なかった。

  

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2010年01月09日

第66話 4.プレビュー(顔ぶれ) <魑魅魍魎>

  <魑魅魍魎>




「口がうまければ金が儲けられる」
「異性が口説ける」
「格好がいい」
「知り合いになって利用しよう」
彼のもとを訪れる人々の99%が欲望達成の手段としてであった。
様々な人種がどこかで会話の真理に憧れながらも欲望に追われて消えていく。
あるパチンコチェーンの経営者は「こんな世界もあるんだなぁ。」
と涙ぐんで、結局は自分のビジネス達成のための「情報商人」であった事だ。
そして結局は、自らが言っている事とやっている事の矛盾にはまり、消えて行った。

人間は真理そのものを理解していなくても会話し話し合うことによって、
マイナスのエネルギーは淘汰されていく。
会話にはそんな不思議な働きがある。


会話科学のプログラムはトータルして9日と3晩。
これが2日と1晩、3日と1晩、4日と1晩に分れる。
そして信頼の人間関係をつくり続ける生涯学習へと発展していく

その旅路でリーダーの立場を取る人々にも、脱落が出る。
皆の前で“この真理に人生をかける”と宣言した人物がドロップする。
そのキッカケはコンプレックスとマネーとセックス。
そこから物あり、我ゼッタイに負けるのだ。


生まれつき身体にコンプレックスを持った娘がいた。
親からも「お前は弟と入れ替わっていたらよかったのに。」
と言われ、ハンデをバネにして大学まで出た。
そしてサラリーマンとなり、「いやしの場」を求めて会話科学のレギュラーになった。
自分の会話が「私はダメ」で満たされているとどうしても人と出会えないし、
ましてや人類へのコミットなど及びもつかない。
唯ひたすらにダメダメゲームを繰り返し、世間に帰って行った。

不道徳な親の娘として生まれ、近親のいじめの中で育って人を絶対信じない女がいた。
彼女がしがみついたのは「お金」であった。
皆の前で真理を絶叫し自分をリーダーとして宣言した事も、全ては芝居であった。
会話科学が経済革命を打ち出し、それが実は自分の中のお金との決別である事を知った時、
そそくさと欲望の巷へ出て行った。

強烈な親に密着され、十年近く我ゼッタイゲームの突破をかけたガンバリ屋がタナボタのような
「結婚」という切り札が出た途端、普通の人に変身した。


性欲と金欲で人は見事に変身する。
人との関わりとは所詮、異性や金づるを得るための手段であるかのようである。

  

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2010年01月02日

第65話 4.プレビュー(顔ぶれ) <しゃべる猿たち>

  <しゃべる猿たち>




人類は自分達が「ことば」を持ち、
会話する事によって文化・文明を創り出した奇跡を当たり前と思っている。
この事が、人間の尊厳を見失う「またぎ」の第一歩である。
もし、ことばがなかったら人類はどうなっていただろう?
恐らく人類は存在していない。
会話が文化を創るとすれば、高度な会話は高度な文明を生む。
冴えない人生、じり貧の人生はそれなりの会話の結果に過ぎない。
世間のおじさん・おばさんが如何に意味のない世間話に終始していることか、
ゴールを持たない人間の悲哀である。

街の若者は自由と言う名のわがままから「しゃべる猿たち」を思わせる。
はたまた世界のリーダーと言われる人が、あくまで自分の名誉欲や物欲のために、
会話を方法手段として人々を操っている。
やがてどんな世紀末文化が現れてくることか、想像するだけでも恐ろしい。

私が「会話科学」の名のもとに始めた提言はこの危機をほっておけない衝動から始まった。
  

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2009年12月26日

第64話 4.プレビュー(顔ぶれ) <無明の波風>

  <無明の波風>



毎朝、太陽は東から昇って夕方にしへ沈む。
この繰り返しの中に生きた古代人は誰一人疑うことなく、太陽が地球を回っていると思い込んだ。
だが事実はその逆である事を唱えた時、
その主唱者コペルニクスは罪人として処刑された。

現代人は人類が会話によって創り出した文化や文明の中に生きているために、
ことばの存在自体が見えない。

その結果、誰もが疑うことなく眼に見える現象世界が先にあって、
それを創り出したことばは単なる名札のようなものであり、会話は
物中心・金絶対の世の中を生きていくための方法手段と思い込んでいる。


私が「ことばがすべてのすべて」と提唱し、
会話がすべての現象を現していると叫び続けても誰一人振り返らない。

たまに、ん?と首をかしげ調子を合わせてくる人もいるが回りの人々から、
世間の会話で取り囲まれるとフツーの人に戻ってしまう。
そして脱落者同志の仲良しクラブを作っては、私をたわけ者とせせら笑う。

こんな悲しい波が限りなく私を通り過ぎた。
それはあたかも、その昔私がアイデアの会社を興した頃、
アイデア自体は歓迎し求めるのに、報酬は払わず知らん顔して盗んでいく人達に似ていた。
我々のスペースで出会い、結婚し、子供が生まれても、あれは偶然だと知らん顔して行く。
又、時には子供たちが人間のあり方に目覚め口を開き始めると
親たちは思い通りにならなくなったと言って、怒鳴り込んで来る。


人間の愚かさ、無明の風は限りなく吹き荒れる。
  

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2009年12月19日

第63話 4.プレビュー(顔ぶれ) <ほどける道>

  <ほどける道>



B社のトップがかって日本に滞在し、あまり知られていない仏教的古典書の影響を
受けていたと言うのである。
簡単に言えば、釈迦は何を悟ったかの原点とコンタクトしたと言う事である。
この場合、、“釈迦”がという固定名詞を使うより
“人間”が自分は何者であり、どう生きる事が人間なのかを知ったと
言い直した方がいいと思う
ともあれ、彼はこの人生最大のテーマを解くカギを
原書経典の中に見つけた。そのキーワードは次の三行であった。

 諸行無常
 諸法無我
 涅槃寂静


これが何を意味するものか。読んでいくら現代語に解釈しても芯から
胸落ちしない限り、只の暗号文である。

この原書を書いた故人の直弟子を尋ね、礼節をつくして、不可解に耐えながら
何度も教えを乞うた。そして、その最中に友人であった大手の宗教団体のB会が
分裂を起こした。原因はトップの不倫問題であるとか、保守派と革新派の対立であるとか
様々なゴシップが流れた。その友人を救うためにより話し合った時、宗教家である
彼が真理を持たない事に愕然とした。そのショックからひらめきのように例の暗号文が解けて来た。


「諸行は無常である。」
この世の一切の現象に実体は無く、無限に生誕を繰り返すエネルギーの変化体にすぎない。

「人生は勝負である」
この事実に照らし、精密な科学的洞察に立てば、自分という身心の存在は幻想に過ぎない。
肉体も元々存在せず、未来も無い。当然、脳の中のデータに過ぎない自分と言う意識も
肉体現象のソフトウェアであって、知れば知るほど人間が我絶対と言うこだわりに生きる
事自体がファンタジーである。

「涅槃は寂静なり。」
こう解かってくれば人類永遠の壁であった死の恐怖がいかに正体の無い空想に過ぎないことかが
解けてしまう。元々0(無)であり未来も0(無)である我々が何で今を1(有)として
錯覚するのであろうか。元々生まれていないものが死ぬわけもないのである。
「いのちあり」この思い込み自体がとんでもない人生のまたぎであったのだ。

このメッセージが宗教主催者である彼等夫婦に全く通じないのである。
おそらくあのA会のトップであっても同じであろう。
何故ならあの人の口癖はだから。
つまり本来仏教の本場とされる日本に置いてすら、全てが信者集め、
金集めの方法知識で充満されていて、この真理に居ないのである。


目からウロコガ落ちる。そんな甘い表現では表せないショックだった。
そして私はより大きく深い真理探究への決心を新たにしたのである。
それにしてもB社のリーダーがこの真理と出会いながら、
これをビジネスの道具としたことは悲しい。
ここからまた新しい旅が始まった。
  

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2009年12月12日

第62話 4.プレビュー(顔ぶれ) <不明との二人旅>

  <不明との二人旅>



未知の真理をたずねての旅である。
自分から人に話しかけ、馬鹿になり切って只ひたすらに道をたずねる日々が続いた。
息をする度に「わからない!」と言うつぶやきが出る。
彼はその「わからない」と友達になった。この二人旅は必ず何処かへ抜け出せる。
必ず、これだ!と言う真理に出会う日が来る!それだけは疑わなかった。


ネットワークビジネスのトレーニング部門から独立したアメリカのA社の全プログラムに参加し、
自らアシスタントをする。そしてその源流と言われるB社のフルコースも受け、
月に3回は東京を往復した。


あしかけ4年。
それでも謎は解けない。
何を根本として何のためにこれらのプログラムが誰によって創られたのか?
未知の専門用語が連発されて、只、眠くなる。
寝ながら参加を続ける。
エサレン系のもの、メキシコ系のもの、ヨーロッパ系のもの、インド系のもの。
手当たり次第むしゃぶりついた。それでも点と線は結ばれない。
独自の創作プログラムは次々とひらめき、
人々に提供するのだが、自分自身の中で真理が見えない。

時間だけが過ぎて行く。やがて彼は中国への漠然としたあこがれから
台湾で仕事をするようになった。


当時、松田氏の最初の成功地となった台湾での事業を手伝うためである。
月2回、実質8日間の台湾暮らしを2年。この間に独自のプログラムを固め、
更に自分の不明の世界を探究する意図から、B社のプログラムをマスターしかけていた
森氏を顧問として雇う事になる。
そして森氏の口から、どうやらB社の源流が日本の古典的仏教にある事を察知した。



  

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2009年12月05日

第61話 4.プレビュー(顔ぶれ) <エサレン研究所>

  <エサレン研究所>



アメリカ西海岸にビッグサーと言う所があり、
そこに「エサレン研究所」という人間性研究のスペースがあって、
どうやらそこがこの運動の発祥地であるという情報が入った。
そして、当然のようにそこへ飛んだ。

ここでの第一収穫は自分と他人、男と女という差別をはずして、
我々と言う平等観に目覚める事であった。

勿論この真理への発見は後々に起こって来た事で、
訪問当時はそれどころではない好奇心とショックの連続だった。


具体的には先ず天然温泉での男女混浴と互いに
オイルマッサージをしあうエクササイズとの遭遇から始まった。

この体験から性差別のベールが取れて、人間同志としての思いやりが湧いてきた。
穏やかな自然の中での開放的な会話が互いの平等感を育てて行く。
だがどうも、エサレンはいやしの世界の匂いがした。
  

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