2011年01月15日

第118話 9.マザーシップ(楽園)<真の迷信を生きる歓び>

  <真の迷信を生きる歓び>




もう一度、改めて言おう。
“ことばのエネルギーが現象を現す。”
そして「ことばのエネルギー」自体が宇宙そのものであり、
無限の生滅を繰り返す現象である。
となると、「ことばが現象を現す」ことが「無が有を現す」
即ち信じている時パワーがあること「迷信」であるに到達する。
我々はここであたかも邪悪の根源であるかのように区別して来た
「差別」のルーツである「迷信」の正体と直面する。

信じている時パワーがある事。
迷信。
これを逆に言えば信じる事が意図の創作であり、
自分がことばとして如何に意図そのものに成りきるかによって
現象を自由に現すかを楽しむかだけである。

そしてことばすら無し!の完全無こそ、
ことばがすべて!の完全有、
つまり有無そのものを手放した完全自由へのシフト点であることが見えて来る。


このシフト点をドライブし続ける歓びが、
ほどけ切る歓び、
与え抜く歓び、
パーフェクトな親そのものとなる歓びである。
何事も中途半端が働かない。
迷信も徹し切った時、宗教が生まれたように差別の実体を見つめ抜けば区別の真理に行き着く。
一切の差別全く無し!
この事実に目覚めた時、人類は互いの尊厳と承認によって永遠の平和を生き始める。


人間が愚かな内眼に映る現象を信じ、モノ・カネ絶対に生きる限り飢餓は消えない。人間が自分と思う意識をあると信じ、
ワレ・ココロ絶対に生きる限り戦争は絶えない。

モノありワレありで話し合っても人間は永遠に出会えない。
この世のすべての現象はすべて人間のつくった幻想だ!
と宣言し全世界がすべての軍備を放棄した途端、
国境は消え飢餓は霧散し自由さが全人類を包んで来る。


この日がいつなのか、この日を誰がつくるのか。
それを決めるのはあなたの会話の自由さである。
  

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2011年01月08日

第118話 9.マザーシップ(楽園)<時間という迷信>

  <時間という迷信>




およそ現代人が絶対と信じ切っている現象の一つに「時間」がある。
我々は時間もことばであり人間が会話でつくり出した現象にすぎないというのである。
何?時間というものが迷信だと?
じゃあこの世に時間がなくなったらどうなるんだ!

と誰もが歯をむき出す事であろう。


私は時間が悪いとか時間を無視しろとか言っているのではない。
確かに現代社会では時間という約束の会話を使って
金銭と同じく文明社会を構成している。
そして少しムキになる前に思ってみて欲しいのだ。
時間やお金にとらわれない頃の暮らしを。
今でも地球の一部の地域には時計もなくお札も使わない自然人がチャンと楽しく生きている。
いや、ことばを持たない動植物たちが如何にのびのびと生きているかを見直して欲しいのだ。



そして、更に振り返って欲しい。
我々がどれ位、時間に縛られ時間に追われ時間に脅迫されているかを、
そして丁度手のひらの裏表のように全く同じようにお金からも
縛られ追われ脅迫されているかの事実を、である。

だからこそ時間とお金は同じ系列のエネルギーであり、
まぎれもない「ことば」であり、
それがつくり出した現象である事実を見て欲しいのである。


そもそも会話のエネルギーは過去・現在・未来に亘っていること。
そして、もうすでに人間は会話によってこの時間の世界を
自由に?航行している事実を再認識して欲しい。

過去の会話にいる人は何が起きても過去に生きている。
“出来上がってしまった人、ガンコで手におえない人たち”である。
今の会話にのみ入る人をヒッピーというのかもしれない。
刹那主義というか今の刺激と反応がすべてなのだ。
そして未来、それも無限界の会話に生きる人を我々は未来人と呼ぶ。
そして我々は今、時間を越えた自由さを満喫し様々な現象を創り出している。  

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2011年01月01日

第117話 9.マザーシップ(楽園)<意図イコール結果>

  <意図イコール結果>




「結果は意図次第!」
これは我々の合言葉である。
結果即ち人生であり現象は意図即ち会話のパワーのレベル次第である。
ことばが無ければ自分という意識は勿論のこと、この世という人生現象は全く存在していない。
人間が如何にヘリクツを言おうが、自分も人生もこの世もすべては、
ことばというエネルギーによって現れた瞬間現象に外ならない。
この事実に目覚めることが人間としての目覚めであり、人類が世界をどう創るのか?
これが名実ともの根本的キーワードなのである。



人間そして人類がとんでもない大またぎをして、
方法に走り知識に狂奔し誤解と衝突による人生へのあきらめ、中途半端な妥協、
腹の底ではお金への屈従を持ちながら自殺・犯罪・裏切り・対立・策略・戦争の泥沼を
果てしなく繰り返す歴史の根源はここにある。



「ことばと会話がすべてのすべて」
その真理に目覚めれば一切の迷いは醒め、人間不信は吹っ飛び、
すべての壁はとれ、未来永遠が見えて来る。

我々がパーフェクトセルフメッセージの「質量=エネルギー出現」の項で
「何故なら私はことばのエネルギーが現象を現し、人生のすべての結果は
 自分のことばである事に目覚めたのです。」

と言い切るのはここである。
とすれば一日という一生、今という人生を如何にパーフェクトに現すかは
全くどんな意図を持ったエネルギーレベルにいるかだけの問題である。



現代人のすべての苦悩は目先のデータを絶対視し、やり方・方法の追求に終始する。
このエネルギーの逆解釈が現す現象である。

その昔、教会人達が天動説を否定し事実に基づく地動説を唱えたコペルニクスを処刑した事と
全く変わらず現代の識者達は「常識という大迷信」を今、我々の真理に対して向けようとしている。
ここへの警鐘を我々は命がけで鳴らす時なのだ。
  

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2010年12月25日

第116話 9.マザーシップ(楽園)<何のせいから>

  <何のせいから何のためへ>



自分がパーフェクトな親として立場を取るなら何が起きてもOK!
微動もしない。ここが絶対ゴールである。
如何に理路整然と格好をつけても、ここまでは自分のせいだがここからはあいつのせいだ、
と言った途端、差別ラインが出る。「あなたは私、我々」でなくなる。

ソワソワするのも私のせい、我々のせいである。
世界中で起きている事件も全部私のつくった事と言ってみる。
なぜなら自分の会話の世界で起きた事だから。
今日の天気も私のせい。
地震も台風も私がつくった現象。
なぜなら私が宇宙、我々が宇宙だから。
わかっても、わからなくても、そう言い切って深呼吸してみたらいい。
何かスッキリする。
リクツ抜きに元気が湧いて来る。
あったかい大きな自由さが拡がっていく。


人間何をしようと自由!
この実感に満たされるためには誰のために何のためにどう生きるかのゴールに
何の疑いも迷いもないことである。
過去の会話を百%創作し、未来の会話を百%宣言すること。
この百%の宣言とは「我々」「平等愛」「永遠の平和」の完成を言う。
この会話の尊厳が確立されてこそ、ことばがすべてのすべてという真理が出現する。

人間の真の自由とはこの究極のゴールが絶対条件である。
何をやってもいい。
そして必ず自問自答すること。
「それは何のためか」と。
世間の人々が政治・経済・教育そしてすべての分野で百家斉教するが最も欠ける核心は
「それは何のためなのか」のチェックである。

今日、あなたは何かをしようとしている。そして自分に問いかけてみよう。
「それは何のためなのか。」そして「それは誰のためか。」と。
  

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2010年12月18日

第115話 9.マザーシップ(楽園)<ブレイクスルーの>

  <ブレイクスルーの向こう側>



人間が最も迷い、落ち入るのは「自分」という迷信である。
自分の気持ち、自分の経験、自分の考えというまったく根も葉もない
過去の内話イコール親兄弟の会話という操り糸である。
そしてその根源は絶対的迷信の原点である
「いのちあり」からの「死」 「時間」 「金」への脅迫会話である。
この根から絶たない限り人間には永遠に絶望の繰り返ししかない。


前項の「パーフェクトな自分の誕生」とは一日を一生として、一日々々を完全に進化し、
誕生し続ける“ことばに生きる人間”のあり方を現すメッセージである。
仏典といい聖書と呼ぶものも、その精髄としての真理のことばである。

朝一番、如何に完璧に自分を完了するか。
どんなに純粋な過去の葬儀を取り行うか、
ここさえ油断しなければ先づは人生宇宙への打ち上げに成功する。



人間にとって最も大事な生き方とは、
どれだけ一日々々を誠実に会話するしかない。

過去の会話そのものの自分を手放せば自由さが爆発する。
まったく新鮮で無限の会話が全開する。
何を言ってもいい。
人生は根本的に自由そのものの会話スペースである。
もし自分の中に何か百%ではない中途半端な妥協があったら会話は不誠実なのだ。
この百%人生こそ、自分という見えないカベを破る生き方だ。
真理を知らなくても何らかの結果を出した人々の生き方はここにあった。
目的に燃え、我を忘れきったのである。


そして人間の最も見えないのは究極のゴールである。どこに立場を取るかである。
それを我々は「パーフェクトな親」になる事と言い切る。
自分が宇宙であり、何の差別もない我々であるなら、
如何にほどけ切り、与え切るしかない。

完全な我々とは何のゆるぎもない真理そのものであり、
完成され貫き通す真の親の愛である。
  

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2010年12月11日

第114話 9.マザーシップ(楽園)<パーフェクトな自分>

  <パーフェクトな自分の誕生>




我々が現在完成させているセルフメッセージを掲げる。


<過去の完了>
自由です。外なる現象一切なし。
自由です。内なる意識全くなし。
すべてが自由です。無限の宇宙元来なし。
絶対自由です。時間存在せず。
私は生まれていません。元々自由でした。いのちなし。
そして自分が誰かを知りました。私は私のことばです。自分のことば完了。

<質量の発生>
なぜなら、私はことばのエネルギーが現象を現し、
人生の全ての結果は自分のことばであることに目覚めたのです。

<現在の進化>
だから私は今を楽しみ切っています。
この自由さを惜しみなく、すべてと分かち合っています。
仲間と自由さを拡げ、瞬々に進化し続けています。

<未来の創作>
見透せば私は我々でした。
まったくゆるぎない真理そのものでした。
そうです。私が宇宙です。我々が宇宙です。

<平和の宣言>
宣言します。
我々は自由のエネルギーです。
我々が永遠の平和を完成します。
我々はほどけています。
我々がパーフェクトな親です。


この中で最も重要なフレーズが過去の完了である。
ここには6ツの超越メッセージがある。
①現象②意識③宇宙④時間⑤生命⑥ことば。
そしてこの人間自身である6ツのテーマも、実態は「ことば」である。
ここで完了するのはことばというエネルギー自体が生滅の根源である事への宣言である。
「ことばなし!」
このいさぎよさがパーフェクトな自分誕生の母体となる。
  

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2010年12月04日

第113話 9.マザーシップ(楽園)<自分であることば>

  <自分であることばの正体>



深く徹底して自分は誰であるかを探究していけば、
この肉体を構成している細胞も瞬々に生滅を繰り返す現象であって、
そのルーツはゼロに行き着く。
死と呼ぶ細胞消滅も新陳代謝活動の総体的休止と共に分解し、
自然界に同化して元々のゼロに戻る。
つまり肉体的現象もブラックホールとビックバーンを無限に繰り返す宇宙そのものである。

肉体というハードウェア的現象がエネルギーの生滅体そのものであるなら精神という
ソフトウェア現象もゼロからゼロを通過するエネルギーの生滅体である。
からだもこころも元々なく未来もない!
見れば見る程”自分”はどこにもいない。
では、どうして人間は自分がいると思い込みながら、
その自分とはいったい誰なのかすら知らないという矛盾をさまようのか。

ここに「ことば」の存在がある。
ことばがなかったら「自分」ということばもなく、そのことばの集積の「会話」もなく、
自分なる「意識」も存在しない。
ここからも「ことば」こそ自分の「本体」であることは明確である。
そしてその自分となったことばはどこから来たのかと尋ねれば
自分を育てた母のことばそのものである事は容易に納得できる。

だから狼に育てられた子にはことばがなく自分すらいなかった。



ここまで胸落ちすればものごころについて以来の母の会話が自分となり、
父の会話という方向づけ育成歴という周辺の会話を
メッキにしたものに過ぎないこと
がわかって来る。
従って、日々潜在意識とか前意識とか呼ばれる「内話」を完了させ、
新鮮でパワフルなことばをいかに入力し続けるかによって自分を創作する可能が見えて、
我々がセルフメッセージと呼ぶソフトの重要さが認識されて来る。

  

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2010年11月27日

第112話 9.マザーシップ(楽園)<ことばの旅>

  <ことばの旅>




“色は匂えど散りぬるを”(イロハニホヘト)も知らない!という若者の時代である。
だが大人達の常識とされる日本語の基本四十八文字が二千年前、
西遊記で知られる三蔵法師と孫悟空たち、そして千年前最澄や空海によって運ばれてきた
“人間の生き方”である事は誰も知らない。
伝説によれば三千年前、釈迦は毎朝夜明け前に名僧を通じて三つのキーワードを得たと言われる。


第一は肉眼にうつる現象に惑わされない。

第二は感情次第の言動に用心する。

第三は心にあることばを見つめること。


これが原書経典の「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」となり、
数百年の言い伝えから法華経の「如是相」「如是性」「如是体」に進化した。つまり
如是相「かくの如き肉眼に映る現象とは何かを探究せよ」であり、
如是性「かくの如き感情をあやつる意識とは何かを探究せよ」であり、
如是体「かくの如き人生の結果を現す本体とは何かを探究せよ」と発展したのである。


これがやがて日本語の四十八文字として
「色は匂えど散りぬるを」(諸行は無常なり=如是相)であり、
「我が世たれぞ常まらむ」(諸法の根本は無我なり=如是性)、さらに
「有為の奥山今日越えて、浅き夢みじ酔いもせず」
(涅槃すべてを手放した時、寂静全く自由さが開く=如是体

ことばがすべて、に結ばれる。

この一見難解で至難とされる点と線を結んだ時、
我々が毎朝の目覚めの時に、
自分であることばをチェンジするメッセージとなった。


「物なし!我なし!自由だな!」

「ことばで何でも現そう!」

「私はいい人、素晴らしい!」

「今日は元気だ!嬉しいな!」

「いいこと来る来るありがとう!」

「あなたは私、われわれだ。」

  

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2010年11月20日

第111話 9.マザーシップ(楽園)<ゼロの可能>

  <ゼロの可能>



数字はゼロの発明から始まった!と言われる。
「御破算で願いましては」とソロバンのスタートが始まるように、
全てはゼロが会話の「区別」という創作機能の原点である。
真っ白なキャンバスがあってこそ無限のアートが創作される。


もし金に本当の自由さが欲しいなら試しに金を思いっきり手放してみるといい。
空が晴れたような夜明けのような感覚と不思議な自由さ、タンタンとした知恵が湧いてくる。
昔の行者や修行僧の生き方はここを体験するところだったのかもしれない。

愛への自由さも同じゼロから始まる。
「母が死んだらどうしよう!」
これが一人っ子であり、おばあちゃん子で育った私の原点であった。
そしてその母も死んだ。
母代わりを求めた愛の旅路の果てに、たどり着いたメッセージは
「愛もことば」であり、「あなたは私、我々」への自由さであった。


人間が生まれながらにして投げ込まれ、もがき苦しむのは
「自分がいる」という思い込みである。

この思い込みが人との間に差別の線を引き、
自他を比較し、果てし無い勝ち負けの泥沼に落ちる。


元々いなかった、未来もない、この心身。
無から無への旅。
先祖の先をたどれば一つとなり、子孫の果てをたどれば一つとなる。
同じ種としての人間。
もし、A家に生まれ育てばA氏として成人するだけ。
川の流れに意思はなく、地形次第で曲がりくねり、否応なしに海にそそぐだけ。
人間も川もあり方に変わりはない。


「人生で自由なし」で明確なように何一つ取っても自由のカケラもない。
よく見れば朝めしのおかずに食べるタラコの一粒にすぎない、このいのち。
胸落ちすれば無限に広がり続ける宇宙の点一つにもならない自分。
そしてその宇宙自体も、ブラックホールとビッグバーンを無限に繰り返しているエネルギー体。
息を大きく一つして「我あり」を手放そう。
楽になる。
自由が来る。
このゼロに徹した時エネルギーが湧いてくる。

  

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2010年11月13日

第110話 9.マザーシップ(楽園)<人生に自由なし>

  <人生に自由なし>




あなたはどうして生まれたか?
どうして死ぬのか?


この二問にあなたはどう答えられるか?
神のみこころと思し召しによって・・・と答える人は例外として大半は
「どうしようもなく生まれさせられ、やがてどうしようもなく死んでいく。」が答えとなる。


ではあなたの人生を左右している、あなたの好き嫌いはいつ、どこから始まったのか?
は如何なものであろうか?現代人が生きがいの拠り所としている生き方のテーマは
「自分のやりたい事をやる」なのであって「やりたい事」の根拠は
「好きな事」であり、自称自由人の生き方とは「嫌いな奴とはつきあわない」である。


では、その好き嫌いはいつから、どこから始まったのか?
と自問自答していくと、これが又たわいもない幼い日の育った環境の、
親・兄弟のしがらみの会話から発している事に気づかれる筈である。
つまり自分の好き嫌いとは親達の好き嫌いなど、環境からの影響に過ぎない。

ではあなたの青春に自由はあったか?という問いはどうだろう?
「あったさ!」と誰もが叫びたいところである。
だが冷静に事実を観察してみてほしい。
友達選びも限られた環境の中での与えられた友、慣れ親しんだ人に過ぎない。
学校選びも偏差値や担任教師からの推薦、その時の家庭や生活事情による。
以下職業も恋愛も結婚も見れば見る程、状況・環境次第である。


生まれた事にも自由なし、死ぬ事にも自由なし、好き嫌いも自由なし、
青春から人生の全てに亘って全く自由なし!

という事実が見えて来た時、
初めて人生御破算で願いましては!と全く何にも自由なし!
全てはゼロゼロゼロという白紙が見えて来る。
そして、そのゼロから本当の自由さは現れて来る。
  

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